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群馬の旅と歴史
群馬の旅      高崎市

榛名神社
はるなじんじゃ
群馬県高崎市榛名湖町849
Tel 027-374-9050


 榛名神社は榛名山中腹にあり、1400年の歴史をもつ霊地です。 この神社は用明天皇元年つまり927年の創建と伝えられています。火と水の神を祀る山岳信仰の本山なのです。
 古墳時代に山麓豪族居住地近くにまつられていた榛名神社が、天台、真言の密教徒により、道場であった現榛名神社の岩場へ奉られたと考えられています。
 榛名神社は延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された上野国12社の内六ノ宮として足利持氏、上杉謙信、小田原北条氏、真田氏といった歴代領主や支配者に崇敬されました。
 榛名神社は戦国時代後期になると座主職も置かれず衰退しますが、江戸時代に入り天海僧正が再興し、慶長19年(1614)には「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」が発布され寛永寺の配下となります。幕府からも庇護され再び社運が隆盛しました。
 江戸時代に入ると榛名神社は修験僧だけでなく「榛名講」と呼ばれる民間信仰も周辺の農村部に浸透したこともあり、多くの参拝者が訪れ山内の社家は3000坊を超え繁栄を極めたといわれています。

 旧仁王門であった随神門(ずいしんもん)は弘化4年(1847)上棟されています。棟梁は埼玉県宮内の関根修理、神仏分離までは二力士像があって運慶の作と伝えられていました。随神門は国の重要文化財に指定されています。
随神門
 慶応4年(1868)3月、神仏分離令が出され、仏教的なものは排斥されました。このとき、榛名神社から仏教色は一掃されたそうです。この三重塔は明治2年(1869)に再建されたそうです。銅板瓦葺きの16mの塔です。現在は神宝殿と呼ばれ珍しく神を祀っている三重塔なのです。
三重塔
 万年泉と呼ばれる水が枯れることがない泉です。榛名神社は雨乞いの神として有名です。雨乞いにはここの水をいただいていくのです。
万年泉
 うっそうとした杉の古木が続く山道を登ると、奇岩がつらなる境内に至ります。参道の石段は苔むし、ところどころにそびえる奇岩も神秘的です。
 瓶子(みすず)の滝です。瓶子は神に供える神酒を入れる錫などの器のことです。滝の落ちている両脇の岩を瓶子岩と呼び、そこから落ちている滝という意味です。
瓶子の滝
 ご神体は円錐型の岩に人の頭がのったような大きな奇岩だそうです。
 400年前、武田信玄が箕輪城攻略の際、矢を立て戦勝祈願をしたと伝えられる杉の巨木です。三本寄せ植え、樹高約55m、目通り周約9.7m、推定年齢600年前後といわれています。昭和8年(1933)に国の天然記念物に指定されています。
矢立て杉
 双竜門です。安政2年(1855)に建てられています。八棟造りの建物で素晴らしい彫刻です。龍の彫刻や水墨画が描かれていることから双龍門と呼ばれているそうです。国の重要文化財に指定されています。
双竜門
 双龍門の左にある巨岩は鉾岩(ほこいわ)と呼ばれているそうです。別名ローソク岩ともいわれているそうです。
 神幸殿(みゆきでん)は安政6年(1859)に建てられています。5月8日に本社よりこの神幸殿に神輿が渡御し、15日に還御されるまでの期間開かれ、参拝することができるそうです。国の重要文化財に指定されています。
神幸殿
 榛名神社の本社・幣殿・拝殿は文化3年(1806)に再建された建物です。本社は御姿岩の前面に接して建てられ岩奥に御神体が祀られています。権現造の建物は朱と黒を基調として要所に金箔や多彩な彩色が施されています。権現造りの本社・幣殿・拝殿は国の重要文化財に指定されています。
榛名神社本社
 国祖社及び額殿は本社・幣殿・拝殿の向かって左に建っています。国祖社は元の本地堂で、慶長年間(1600年頃)の建築です。接続する額殿は文化11年(1814)の建築です。
国祖社及び額殿
 基礎は本社・幣殿・拝殿と同じ高さにつくられ、入母屋造りで向拝や欄間の彫刻がみられますが、全体的に装飾は控えめになっています。国祖社及び額殿は国の重要文化財に指定されています。
国祖社及び額殿
 榛名神社神楽殿脇の鉄灯篭には、灯身部に198字の銘文が残っています。元享3年(1323)に造られた群馬県内最古の古鉄灯篭です。群馬県の重要文化財に指定されています。
鉄灯篭
 神楽は神に奉納するために舞われるので、神楽殿は本殿に真向かう位置に建てられています。明和元年(1764)の再建です。国の重要文化財に指定されています。
神楽殿


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