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埼玉の旅と歴史
埼玉の旅      深谷市

尾高惇忠(藍香)生家
おだかあつただ(らんこう)せいか
埼玉県深谷市下手計


 尾高惇忠(藍香)は天保元年(1830)下手計村(現深谷市)に生まれました。渋沢栄一とは従兄弟にあたり、栄一は少年時代、尾高のもとに通い論語などを学んだそうです。惇忠の妹・千代は栄一の妻となり、惇忠の弟・平九郎は栄一夫婦の養子となっています。
 尾高や渋沢らの青年同志が時の尊皇攘夷論に共鳴し、高崎城の乗っ取り計画をこの住宅に2階で謀議したそうです。 尾高は後に官営富岡製糸工場長、第一国立銀行盛岡支店、仙台支店長などを歴任しました。


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