あなたは 番目の訪問者です。(ogino作成共通カウント)
直線上に配置
栃木の旅と歴史
栃木の旅       芳賀郡益子町

綱神社
つなじんじゃ
栃木県芳賀郡(はがぐん)益子町上大羽2350
Tel 0285-72-3101


 綱神社は建久5年(1194)、宇都宮氏の第3代当主宇都宮朝綱(ともつな)が、創建しました。朝綱は平家の中でも、かなり有力な武将で、平家没落後は源頼朝に仕え、根拠地を宇都宮に移しました。朝綱は謀反の疑いで土佐に流されました。土佐の加茂明神に祈ってその罪が許されたので、本国に帰った後、賀茂明神を勧請し社殿を建立したそうです。
 歴代宇都宮家から庇護され、文明4年(1472)には本殿が改築され、朝綱の名を取って綱明神に改称、社領15石が安堵されました。慶長2年(1597)、宇都宮国綱が豊臣家から改易を言い渡され、綱明神は衰退します。江戸時代に入ると幕府から庇護され朱印地15石が認められました。明治の神仏分離令で綱神社となっています。

綱神社本殿(国重文)
 綱神社本殿の、現在の社殿は室町時代中期の明徳・大永年間から寛正年間(1393-1466)に建てられたと思われます。本殿は三間社流造りと呼ばれる構造で、屋根は茅葺きです。本殿は側面1間、正面3間、前面に3間の向拝を設けています。本殿内は円柱で、内部は16角柱が使われています。向拝は面取の角柱を用い、柱下に土台を廻しています。
綱神社本殿
 縦の部材と横の部材を結ぶ斗拱は三斗組で両端は連三斗組、桁行の出組に皿斗を設け、大斗との高さを調整しています。懸魚、向拝中柱上部の手挾、木鼻など素朴で雄健の風を示し、意匠技法とも室町時代の特色をよく表しています。大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。
綱神社本殿

綱神社摂社大倉神社本殿(国重文)
 綱神社の摂社・大倉神社の本殿は大倉林(現大羽小学校)に古くから鎮座していました。大同2年(807)の創建と伝わる古い神社で、綱神社の摂社となり、綱神社本殿の隣に遷座されています。大倉神社の本殿は室町時代後期の大永7年(1527)に建てられたと思われます。大正12年(1923)に国の重要文化財に指定されています。
摂社大倉神社本殿
 本殿は1間4面、前面に1間の向拝を設けています。向拝柱は面取角柱を使用し、本殿は円柱で内部を8角作りにのままにしています。斗拱は三斗組で向拝中央に蟇股を備えています。綱神社と同様に規模は小さめですが室町時代の特徴をよく表しています。
摂社大倉神社本殿


栃木県トップページへ 旅と歴史トップページへ


直線上に配置