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東京の旅と歴史
東京の旅          中央区新川

永代橋
えいたいばし
東京都中央区新川〜江東区永代


 永代橋は、隅田川にかかる橋で、西岸は中央区新川1丁目、東岸は江東区佐賀1丁目、永代1丁目に継っています。元禄15年(1702)、赤穂浪士の吉良上野介屋敷への討入りでは、上野介の首を掲げてこの永代橋を渡り、泉岳寺へ向ったそうです。
 元禄11年(1698)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の50歳を祝して、現在の橋よりも100m程上流に永代橋は架橋されたそうです。上野寛永寺根本中堂造営の際の余材が使われ、当時としては最大規模の長さ110間(約200m)、幅約3間(約6m)の大橋が造られました。
 明治30年(1897)、道路の橋としては日本初の鉄橋として、鋼鉄製のトラス橋が架橋され、明治37年(1904)には東京市電による路面電車も敷設されました。関東大震災では、橋底の木材が炎上し、多くの焼死者、溺死者を出しました。大正15年(1926)に震災復興事業の第1号として現在の永代橋が再架橋されました。
 永代橋はドイツ ライン川に架かっていたルーデンドルフ鉄道橋をモデルにした荘重な橋です。現存最古のタイドアーチ橋で、橋長184.7m、幅員25.6m、新たな鋼材を使って最大支間を実現した鋼アーチ橋でもありました。
 「帝都東京の門」といわれたこの永代橋は、我が国の橋梁技術史上、高い価値がある橋梁として、清洲橋、勝鬨橋とともに、平成19年(2007)、国の重要文化財に指定されました。


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